愛する瀬戸田で楽園をみるまで
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スケール
航君と英貴が 今月の末
ユーラシア大陸横断の旅に出る。

永井家といえば
のブルーバードで。
要は車だ。
移動手段は何にせよ
すごいスケール感だ。


そう スケール感。
瀬戸田を出る前は それこそ
これから どこへだって行けるし
何でも出来ると信じて疑わなかった。

何とも こじんまりとなったもんだ。
僕は ここだけの話し
航君からその話を聞いたとき
目から鱗が出た気分だった。
「その手があった」
そんなことは 思いもできなかった。
「ああ そうだった」って。



英貴が 付いていくって言った時は
あんま 本気にしなかった。
永井が50万はいるって言ってたし。
僕なら 何だかんだ言って
結局永井に 30万くらい借りるだろう。
でも 英貴にはそれが出来ん。
迷惑かけてまではやらん。
出来ん。あいつには。

でも だから英貴は
死ぬ気で50万貯めちゃった。
3ヶ月で。50万円。
50万ってだけで
少しスケールを感じてしまう自分が
少し情けない。

でも英貴は その少しのスケール感をもって
もっともっと スケールのでかい場所へ行く。

たった2ヶ月の それも助手席の
ニート現実逃避旅行。 
そこに何があんだって 思う。
思うけど 僕も
スケール感だけでやってる。

「もっと できる気がする」
「もっと 大きい気がする」

あいつは 正真正銘
スケール感だけに魅せられていく。
周りの人間に話したら
反応が薄いなんて ぶーぶー言ってるけど
あいつのスケールは あいつのもん。
行く先が あいつにとって
今より大きなものなら
それは 無限のスケール感だ。
宇宙だ。

そういう 宇宙はもつべきだ。
そして 飛び込み続けるべきだ。

それが終始
ただのスケール感であってもいい。
持ち続けたもんの勝ちである。

スケール感だ。
漠然としたスケール感。

そんなことを思う。
つー君
周知の通り 峯のお母さんは
コンビニで働いてる。
そして あのコンビニと言えば
思い出すのは「つー君」である。

つー君一家は 家族皆で
そのコンビニに出かける。
各々の自転車に股がって
いつも 楽しそうだった。

そんな 光景を思い出す。


年始に 峯から
「つー君が直人のアドレス教えてって」
と お母さん経由で僕に教えてくれた。
僕は嬉しかった。
「是非伝えてくれ」と答えた。


1月3日
知らないアドレスからメールが届いた。
「メールアドレスおしえてください川本直人」
僕の名前の漢字を
覚えていてくれたことが嬉しかった。

今 どこで 何をやっているのだろう。
メールの返事をしても 返事はない。
つー君らしいなと思った。
また 小学校のグランドで
一緒にサッカーしたいな
とも思った。
約束
 谷田との約束で
『さぬき映画祭』の『企画コンペ』に
入選したらブログを再開するという
取り決めがあった。

しかし 落ちた。
無惨にも。
それが8月。

それから
「コンペに通るまで何も書かん」
と決めた。

だって これは瀬戸田への
報告書であり バイブルである。
万年コンペ落ち、
ダサダサ男の小言の場ではない。


思い返せば 長かった。

9作の傑作を制作しながらも
世には ほとんど接点を
持てないヤツらばかり。
「俺達もそろそろ
メインストリートを歩いてみたいよな」
そんな言葉が ささやかれる。

やっぱり 見せつける場がないと。
人もいないんじゃ
歌舞く事だってできやしない。
ニヒルだって チヤホヤされなきゃ
ただのネクラ。
対人を意識した演出が
人間としては かなり大きい。

長かった・・・。
いや 言う程もないか。
何だか このブログ再開させた
大ニュースを言うには
少し しみじみしすぎたし
今日は寒すぎる。

また次回。
つづくぜ。
 2011/10/18

本日は餃子の日。
具体的には水餃子を自宅でしました。
餃子は勤務先の中華料理店"吉華”にて取り寄せました。
僕と余位さんと、学生等と食しました。

全部で150個を僅か1時間足らずでたいらげました。
タレ(調味料)は地元(広島)の醤油や、ポン酢醤油、食べるラー油や少し変わった醤油等々、様々な味をローテーションしながら食べました。

次回は地元特産のタコを中心に宴を催したいと思います。

直人


ケツアゴ
7年ぶりに ヒゲを剃って
初めて気付いたのが
「アゴが割れている」
という事実。

武内曰く
「ヒゲがあるときから気付いていた」
と言うが 自身からすると
寝耳に水である。

そして 曰くこれを
『ケツアゴ』というらしい。
なんとも懐かしい響きである。
記憶の片隅にはあったものの
『ケツアゴ』という言葉を
日常において聞くことがないし
『ケツアゴ』たる人物を見るのも
稀であり 考えてみれば
絶滅危惧種と言ってもよい。

瀬戸田の親戚のおじさん以来
出会った記憶がない。

川本直人に
『男の勲章』もしくは
『暑苦しさ』の要素が
また一つ増えたのである。
チャットモンチー(ハーフタイム)
チャットモンチーに
いわゆる『傑作』はない。
大ヒットもない。
狙ってもいない。
要は軌跡なのだ。

創ることに臆さない。
迷いがない。
ただ 進む。
これが 何とも心地よい。
チャットモンチーには
常に清潔な風が吹いている。

『壊す』ことに執着もない。
これが表現としての善し悪しという
問題すらどうでもよくさせる。


3thアルバム発売後
「これから何つくるんだろ」っていう
勝手な心配をよそに
チャットモンチーはアメリカに行った。
そして 字余り炸裂
ミニアルバムを発売。

その半年後
待望のフォースアルバム
『YOU MORE』発売。
名前がいい。
「もっとこい!!」みたいな。
そして 内容がもっといい。
ギザギザした 音を残しつつのノビノビ感。
半年前のミニアルバムを
「遊び」と認識したのを
横目に ほくそ笑まれた感じ。 



つづく   鴨

チャットモンチー(前半)
朝である。
唐突に筆を走らす
わけではなく
キーボードを叩く。

チャットモンチーの
4thアルバムを聴いている。


チャットモンチー
1枚目のアルバムは
ザラザラした感触で
正に暗中模索の中の格闘である。
納得のいかない中で
何度も何度も創り直したに違いない。
あっこちゃんが収録期間中
プラットホームで倒れたのも頷ける。

田舎者である。
曲自体がいいものかも分からない。
1th前に出した ミニアルバムの曲は
実際 すさまじく田舎臭い。
しかし あくまで大真面目である。
そして 1thでそれが爆発。
闘いである。
止むに止まれぬ
ひたむきな叫びがある。
真面目さがある。素直さがある。
これが 音の善し悪しからはみ出す。
それがいい。
そもそも 僕は音の善し悪しなど分からない。


2枚目のアルバム。
ポップで知られる。
事実ポップである。
ライヴを意識したのだろう。
つまり聞き手を意識し
成功したアルバムで
それは『シャングリラ』の
ヒットで証明される。
創る上で 受け手側との
距離ないしは 自分達の立ち位置は
常に付きまとう。
これも 遅かれ早かれの
『闘い』である。

チャットモンチーは
えっちゃんを中心としたバンドだが
えっちゃんは どちらかというと
内向型である。
歌詞を聞くとすぐ分かる。
そして それは経験の中からの
ことばが多い。筈である。
そういった人は嘘がつけない。
ことばだけ ポーンと
前にとりあえず投げてみる。
といった様なことができない。
と 推測する。
これは 苦しい。
尾崎がそうであった様に。
しかし この2thで
えっちゃんはほとんど歌詞を書いてない。
曲づくりに専念したと言ってもよい。
『チャットモンチー』を優先したのだ。
これが 出来るのがすごい。

もう1つ。
このアルバムには
デビュー以前の曲が幾つかある。
「創ってきた」それがいい。
『シャングリラ』もその一つであり
大きくアレンジされての収録になる。


サードアルバム。大躍進。
初のセルフプロデュースも行い
閃きからの勢いを大切にしたアルバム。
奔放である。
クミコンもあっこちゃんも
前にも増して ことばを
前に前に投げまくる。
そして えっちゃん。
1thからご無沙汰だった
あの 赤裸々な叫びが炸裂。
アルバムの最後に
収録された『やさしさ』は
「これが やさしさだ!」と
臆することなく 連呼しまくる。
かっこいい。

音も遊び心が随所に見て取れるし
『長い目で見て』なんて
思いっきり 観客に向けてのことばである。
こんなことが果たして今まで言えただろうか。
自信の現れでもある。が
同時に覚悟でもある。
「いいな」と思う。
「このまま楽しんでやってやらぁ」
っていう覚悟を感じた。



つづく  かも

禊ぎ
イツカ
僕ガ会社ヲヤッタ時ハ
絶対ヒゲOKニスル。

ト イウカ
ヒゲガナイト
入社拒否スル。

情景
5月も末の風呂上がり
少し大きめのTシャツ着て
髪を後ろで結んで
少し男前な顔をする。

こんな ことってあんのかね。
こんなことが
こんな情景が!!

そんな情景を彷彿とさせられた。

http://www.youtube.com/watch?v=LqIAP2q1Ybw

もうね これがね

言いようのない
何かを想わせるのよ。
カムバック
先日 東京に戻ってきた。
3週間の 思いがけず
長い旅だった。

庭やお墓の草抜きをしたり
小・中学校へ行って
本の読み聞かせをしたり
高校の先生と走ったり 飲んだり
母校での上映が決まったり
名刺を作ったり
家で法事があったり

のんびりしつつも
毎日何かをのんびりしてた。



最初の一週間が過ぎた頃。
脳みそが半分腐った様になる。
「大丈夫かな」って。

島に開放感を感じるのは
せいぜい 2日とか3日。
島は 閉塞感でいっぱいだ。
行く場所だって
懐かしんで色々行くけど
すぐ行き場がなくなる。
島には もう友達も残っていない。
いても 当たり前だが
みんな働いている。


2週間目にもなると
家での肩身が狭くなる。
そんで 海行って 山行く。

そんでそんで
やっぱりぐるぐる回り出す。
「いつ始まんのかな」って。


島では本当に何も起こんない。
都会の情報の多さでの
ごまかしはきかない。
島での変化は
恐ろしい程に 遅い。

平日の昼間。
働いていない人はいない。
それが普通であり 繰り返される。
自分の負い目を少しでも考えようものなら
とたんに息が詰まる。


ただ 瀬戸田には
一時的にしろ その閉塞感をぶち壊す
『何か』が豊富にあるのも事実である。
それは 『自然』っちゃ『自然』だし
『景色』っちゃ『景色』だし
ホントのところはよく分からん。
だけど そんな瞬間によく出会う。
それが 瀬戸田の可能性である。



東京に戻って
一緒に卒業した仲間と飲んだ。
飲み会の場は閉塞感でいっぱい。
不安の飽和状態。

生活に追われた閉塞感が瀬戸田なら
ここは いかに生活、
働くことから離れるか。
行き場のなさからくるもの。
どこ行ったって 結局不安。

でも 瀬戸田で働く友達に
不安は感じられない。
島の外に いる奴は
それだけで 少なからず不安がある。

その緊張感が やっぱりいい。
緊張感を持って
瀬戸田に帰れたなら
尚 よろし。